自分自身について

<人生設計>

生きていくうえで計画性が必要だとさも常識のように言われています。
確かに行き当たりばったりで計画性がない行動を続けていると「不安定」な人生になってしまう。多くの人たちが「安定」に価値を見出しているこの社会では安定に資するような人生設計が必要不可欠なものとなってしまいます。

私たちは生きていくうちに様々な場面で人生設計が有意義であると刷り込まれ、例えば生命保険に入るかどうかの話を聞くにしてもライフプラン表なるものを見せられていかに計画的に人生を過ごすかが大切であって、その実践のためにも生命保険に入れと脅されるのです。
真っ当な人生とは学校を卒業してブランクなく正社員として勤め、結婚して子を得て、持ち家を買って定年時にはローンを完済し老後生活に入るという人生設計に基づいたものだとされていました。このような人生設計通りの生き方をすれば勝ち組になれる、という幻想を多くの人たちは抱いていたのです。

人生設計を立てること、その通りに生きることが真っ当であるという考え方で良いのでしょうか。そもそも人生なんて設計通りにはいかないもの。病気になったり会社が倒産したりリストラされたり離婚したり、と人生では思いもよらぬ様々なことに出くわします。人生設計通りに行かないからこそ「人生」人として生きるのではないでしょうか。

実は、人生を設計できる、計画できるという発想自体が傲慢であり、人生の何たるかを知らない浅はかさなのかもしれません。たまたま思うようになれば楽しいし、思うようにいかないことに遭遇すれば立ち止まって考える、この繰り返しが人生なのでしょう。

もちろん計画性のない行き当たりばったりの人生を賞賛したいわけではありません。ある程度の方向性を定めることは必要です。どのような生き方をしたいかと自分に問い続けることも大切なこと。しかしそこに厳密さを求めるより、ゆるく考えた方がより自分らしく生きられるのだと思います。
計画通りにいかない人生をいかにうまくやり過ごすか、思うようにならない人生をいかに楽しく全うするか、を常に深く考え続けることこそが大切なのではないでしょうか。

人はよく「人生設計」という言葉を使います。しかし、設計通りになった人生はどれほどあるでしょうか。「夢」で終わる設計もあれば、思いもよらない大成功の設計ミスもあると思いませんか。
明日のことさえ分からないのに、10年後や20年後、ましてや老後のことなんて考えられないという人も多いですが、人生設計は自分の将来を正確に予測することではありません。
言ってみれば、自分がどのような生活を送りたいのか、将来どのような人間になっていたいのかというビジョンを掲げることが重要なのです。
自分の将来の明確な理念を掲げることで、まずは現在の人生を反省して見直すことができます。
将来の明確な目標を持つことで、例えば健康のために食生活を改めたりだとか、キャリアアップのために自己啓発に努めたりだとか、趣味の旅行のために英会話を勉強したりだとかいったように、やりたいことが具体的に出てくるかと思います。
これまで無駄に過ごしていた時間をそういったことに費やすことができれば、人生はこれまでよりもかなり有益なものとなるでしょう。
また、人生設計を立てることで人間関係を円滑にすることができるというメリットもあります。
人間は1人では生きていけません。楽しく有意義な人生を過ごすためには多くの信頼できる友人や結婚相手、子どもなど、家族や仲間との関係が重要になってきます。
特に、多くの喜びや癒やしを与えてくれる家族との関係は人生にとって非常に重要なものとなります。
ですから、その家族を大切にして良い関係を保っていくためにも、人生のスケジューリングやマネープランニングをしっかりと立てることが重要になります。

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